2008年06月26日 03:51
10年以上前は、今のようにOSが画一的ではありませんでしたので、各社が自社のPCで使えるOSのシェア争いを繰り広げており、それぞれの独自色が現れやすい状況でした。また、PCの価格もまともに利用できるものは30万円以上していたため、なかなか買い換えることはできず、この傾向に拍車がかかっていました。
そういうわけで、パソコン雑誌は当時の貴重な情報源であり、ユーザー間の交流の場となっていました。とりわけTOWNSユーザーは、人口が圧倒的に少なかったため仲間意識が強く、独自の文化を築き上げていきました。
当時の雑誌「Oh! FM-TOWNS」の表紙はこんな感じ
とてもかわいいですよね。
この表紙は毎号、読者からの投稿作品です。TOWNSをモチーフにしたイラストはいずれもTOWNS専用のフリーソフトで、かつマウス作業で描かれており、この描画ソフト自体もTOWNS-OSでしか動かなかったりします。これらがまとめて付録CD-ROMに収められており、毎月本当に楽しみでした。
当時PCを趣味的に利用する人が多く、それぞれの得意分野を生かして誌面を埋めていくといった感がありました。
オリジナルのソフトウェア
ハード・ソフトの解析
自作曲
詩
コラム、エッセイ
イラスト、絵画
3DのCG
簡単なアニメーション
・・・
といったように、わりと芸術系のコンテンツがメインになっており、PCの技術的な情報誌といった印象は薄かったように記憶しています。
まだインターネットは(日本には)存在していませんでしたし、パソコン通信は利用料金が高く、利用者は少なかったように思います。そのため、このような情報源は本当に貴重であり、当時廃刊になった時には、大変なショックを受けました。
今になってはっきりと分かることがあります。
私は(きっと他のTOWNSユーザーもですが)、べつにTONWSというパソコンが好きだったのではなく、それを中心としたコミュニティが好きだったのだと思います。誌面の向こうに人の温かさを感じたのでしょう。
皆で独自の文化を創りあげるという意識が非常に高かったので、どんどん洗練されたものになっていきました。現在のようなおたく文化などとは、質の面で一線を画しています。
ひとつの文化が創られていくプロセスをリアルタイムで見ることができたのは、私にとってとても大きなものでした。そしてそれは、人間が生きている間は常に意識してやっていくべきものだと感じています。
私は事業のひとつとして、地元での村おこしのようなものを考案中なのですが、実は根底にはこのような意識があり、独自の文化にまで発展してもらいたいと考えています。これこそ「TOWNS(町)」そのものですよね。
皆が持てる能力やエネルギーを出しあって、独自の色を出していく。それが、全体として見たときにも一定の統一感があってほしい。
そしてまだ自分に自信がもてない人、元気のない人は、そこにいるだけでもいい。町の動きをよく観察していてほしい。
必ずいつか、参加できる日が来るからね。







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